
介護離職を防ぐ、使える制度と働き方の調整術
この記事の要点
- 介護離職の引き金は、たいてい「親が倒れた瞬間」ではなく「制度を知らないまま勢いで辞表を出した瞬間」です。順番を間違えなければ、辞めずに乗り切れる確率は跳ね上がります。
- 介護休業93日は「自分が親を看る休み」ではありません。プロに丸投げする体制を組むための段取り期間。ここを取り違えると93日では足りなくなります。
- 制度は単品で使うものではなく、緊急期・体制構築期・日常期・看取り期の4フェーズで組み合わせて回します。介護休業は温存が鉄則。
- 最初に電話する先は会社ではありません。親の地域の地域包括支援センターです。職場への相談はその後で十分間に合います。
- 本文の給付率や限度額は2024〜2025年時点の一般的な内容。改正で変わるので、最新は勤務先・公式窓口・専門家へご確認ください。
辞めるのはいつでもできる。だからこそ、今は辞めない。
仕事ができる人ほど、なぜ辞めてしまうのか
介護は予告なく始まります。脳梗塞での緊急搬送、廊下での転倒からの大腿骨骨折、認知症の急な進行。昨日まで普通に電話で話していた親が、ある朝、別の状態になっている。心の準備をする時間など、まずもらえません。
厄介なのは、責任感が強く、段取りの得意な人ほど危ないということです。「外注なんて親に申し訳ない」「自分が看るのが筋だ」と考え、上司に相談する前に退職を決めてしまう。仕事を回す能力が、ここでは裏目に出ます。自分一人で抱え込める、と錯覚してしまうからです。
はっきり言います。共働きで世帯年収を二本柱で支えている家庭にとって、片方の収入を自分から折るのは、介護対策として最悪の一手です。介護はいつ終わるか誰にも読めません。半年かもしれないし、10年続くかもしれない。終わりの見えない出費に対して、まず収入を消す。順序が逆です。しかも一度キャリアを降りると、復帰時に以前の年収やポジションに戻れる保証はどこにもありません。
厚生労働省の調査でも、離職した人の多くが後から「制度を知らなかった」「もっと早く誰かに相談していれば辞めずに済んだ」と振り返っています。つまり辞表を出す前に、打てる手はまだ何枚も残っている。深呼吸して、その手札を一枚ずつ確認するところから始めましょう。
※一般的な傾向の概念図です。職種・個人で大きく異なります。
辞める前に切れる「5枚の手札」
育児・介護休業法が用意している両立支援は、大きく5つ。条件さえ満たせば、原則どの会社でも使えます。会社の温情ではなく、法律で保障された権利です。
| 制度 | 中身 | 使いどころ |
|---|---|---|
| 介護休業 | 対象家族一人につき通算93日。3回まで分割できる | 入院・退院直後、介護体制を組む時期 |
| 介護休暇 | 対象家族一人なら年5日、二人以上で年10日。時間単位で取れる | 通院付き添い、ケアマネ面談、急な呼び出し |
| 短時間勤務等の措置 | 時短やフレックスなど会社が用意する仕組み | 在宅介護を続けながら働く日常 |
| 所定外労働の制限 | 請求すれば残業を免除させられる | 夕方以降に手が必要なとき |
| 深夜業の制限 | 請求すれば深夜勤務を免除させられる | 夜間の見守りが必要なとき |
ここで一番もったいない誤解が介護休業です。「93日で介護を終わらせなきゃ」と思い込み、その間に自分が親に付きっきりになる。これは典型的な失敗パターンです。93日を自分の労働力で埋めたら、94日目に詰みます。
正しい使い方はこうです。介護休業は自分が手を動かす休みではなく、自分が手を引くための準備期間。この93日でやるべきは、要介護認定を取り、ケアマネを決め、デイサービスや訪問介護を手配し、親を見守る仕組みを外部に作ること。歯車が回り始めたら、あとは時短や在宅勤務で働きながら回せます。自分が抜けても止まらない体制を、この期間に組む。それが93日の正しい投資先です。
「無給が怖い」への答え──給付金と費用
休めば給料が止まる。当然の不安です。ここで効くのが介護休業給付金。雇用保険に入っていて一定要件を満たせば、介護休業中、休業前賃金の原則67%(2024〜2025年時点)が支給されます。3分の2が戻ると思えば、休む心理的ハードルは一段下がるはずです。ただし黙っていてもお金は来ません。申請主義です。勤務先かハローワークに、休む前に必ず確認してください。
介護そのものの費用も押さえておきます。介護保険サービスの自己負担は所得に応じて1〜3割。共働き高所得世帯は2割や3割の区分に入りやすい点は、覚悟しておいたほうがいい。負担が膨らんだら高額介護サービス費という払い戻しがあり、医療と介護の自己負担が両方かさむ世帯には合算制度も用意されています。使える戻しは全部使う、が原則です。
これらの率や限度額は改正で動きます。本文の数字は2024〜2025年時点の一般的なもの。自分が対象になるかは、勤務先の人事・ハローワーク・市区町村の窓口で確認を。住宅ローンと教育費と介護費が同じ数年に重なると、家計の見通しは一気に複雑になります。倒れる前に、一度全体図を引いておくと判断を誤りません。
4つのフェーズで組み立てる
5枚の手札は、バラで切るより順番に重ねるほうが効きます。介護の典型的な流れに沿って配り方を示します。
第1フェーズ:緊急対応期(発症・入院直後)
まず介護休暇か有給で数日を確保し、入院手続きと今後の方針を固めます。長引きそうなら、この段階で介護休業の取得を視野に入れる。ここで絶対にやってはいけないのが、勢いで退職届を書くこと。一晩寝かせてからでも、判断は遅くありません。
第2フェーズ:体制構築期(退院・在宅移行の前後)
介護休業の出番です。要介護認定を申請し、ケアマネを選び、サービスを手配する。同時に「自分が直接やる部分」と「プロに渡す部分」をはっきり線引きしておく。ここの線引きが甘いと、後で全部自分に流れ込んできます。渡せるものは全部渡す、くらいで丁度いい。
第3フェーズ:日常両立期(体制が回り出してから)
時短・在宅勤務・残業免除を組み合わせ、働きながら介護を続ける段階。送り迎えや通院は時間単位の介護休暇で吸収します。介護期間のほとんどはこのフェーズです。長丁場だからこそ、瞬間最大風速で頑張らず、続けられる設計にする。ここで燃え尽きる人が一番多い。
第4フェーズ:変化対応期(悪化・看取り)
状態が変われば再調整します。温存しておいた介護休業の分割分を切る、深夜業の制限を請求する。第1フェーズで93日を使い切っていなければ、ここで助かります。介護休業を一度に使わず分割で残しておく発想は、この最終局面のための保険です。

相談する順番と、上司への伝え方
意外かもしれませんが、最初に相談するのは会社ではありません。順番を間違えると、何も決まっていないまま職場に「どうしましょう」と持ち込むことになり、自分の首を絞めます。
- 地域包括支援センター:親が住む地域の介護よろず相談窓口。何から手をつけていいか分からない、その状態でいい。まずここに電話する。無料で、プロが道筋を引いてくれます。
- 要介護認定の申請:市区町村の窓口へ。認定が出て初めて、介護保険サービスを正規の負担割合で使えるようになります。
- ケアマネジャー:認定後に担当が付き、ケアプランを作ります。介護の司令塔です。話が噛み合わなければ遠慮なく変更を。相性の悪いケアマネを我慢する理由はありません。
- 勤務先(人事・上司):外の体制づくりと並行して、社内制度を確認し利用を相談する。ここまで来て、ようやく職場です。
上司に伝えるときは、感情でなく計画で話す。「親が要介護になりまして…」と困り顔で持ち込むのではなく、「介護休業を◯日取り、その後は時短と在宅で両立します。私の担当の引き継ぎはAさんに、Bの案件はこう進めます」と、いつ・どの制度を・どれだけ使い・その後どう働き・誰に何を渡すかをセットで出す。代替案と引き継ぎ表まで添えれば、上司は反対しようがありません。早く、具体的に、計画ごと差し出す。これが結局、自分のポジションを守ります。
今日からできる、倒れる前の3つの仕込み
まだ介護が始まっていない人ほど、やっておく価値があります。慌てた状態での初動が、仕込みの有無で天と地ほど変わるからです。
- 親の地域の包括支援センターの番号を控える:検索して連絡先をスマホに入れておくだけ。緊急時、最初の一本をどこにかけるか迷わずに済みます。
- 自社の両立支援制度を読んでおく:就業規則や社内ハンドブックで介護休業・時短・在宅の規定に目を通す。法定を上回る独自制度を持つ会社は珍しくありません。使える権利を知らずに辞めるのが一番もったいない。
- 親が元気なうちに情報を聞き出す:かかりつけ医、飲んでいる薬、保険証と年金手帳の場所、預金や保険の概要。倒れてからでは聞けません。元気なうちの雑談に紛れ込ませて聞いておく。
介護は、一人で抱えた瞬間に詰みます。配偶者ときょうだいで役割を割り振り、制度とプロの手を限界まで借りる。そのうえで、自分は仕事という収入とアイデンティティの柱を握って離さない。これが、長丁場を家族みんなで生き延びるための、いちばん現実的な戦い方です。辞めるのはいつでもできる。だからこそ、今は辞めない。
なお本記事は一般的な情報で、個別の制度適用や金額は状況により異なります。迷ったら勤務先・自治体の窓口・社会保険労務士などの専門家に確認しながら進めてください。家計全体の見通しを立てたいときは、無料診断もあわせてどうぞ。
辞表を出す前に確認する手順チェックリスト
- まず親が住む地域の地域包括支援センターに電話して相談する
- 市区町村の窓口で要介護認定を申請する
- ケアマネジャーを選び、相性が悪ければ遠慮なく変更する
- 勤務先で介護休業・介護休暇・時短・在宅・残業免除など使える制度を確認する
- 介護休業給付金の対象になるか、休む前に勤務先かハローワークに確認する
- 上司には制度の利用計画と引き継ぎ案をセットで具体的に伝える
よくある質問
介護休業と介護休暇は何が違うのですか。
一般に介護休業は対象家族の介護のためにまとまった期間取得する制度で、対象家族一人につき分割して取得できるとされます。一方の介護休暇は通院の付き添いなど短期の用事に応じて日や時間単位で取れる制度です。日数や賃金の扱いは勤務先規程や法改正で変わるため、最新は公式情報や勤務先・専門家へご確認ください。
仕事を続けながら親の介護をするには、どんな働き方の調整ができますか。
一般に、所定外労働や時間外労働の制限、短時間勤務やフレックスタイム、テレワークの活用、介護休暇の時間単位取得などを組み合わせる方法が知られています。まずは勤務先の人事へ利用可能な制度を確認し、ケアマネジャーと在宅サービスを設計すると、離職を避けやすくなります。
介護休業中に給付金は受け取れますか。
一般に、雇用保険の被保険者が一定の要件を満たして介護休業を取得した場合、介護休業給付金が支給される仕組みがあります。支給率や上限額、対象期間は改正で変わるため断定は避けます。具体的な金額や手続きは、勤務先やハローワーク、社会保険労務士など専門家へ最新情報をご確認ください。
離職する前に、まず何から手をつけるべきでしょうか。
一般には、地域包括支援センターへの相談と要介護認定の申請、ケアマネジャー選定、勤務先の介護関連制度の確認を先に行うことが推奨されます。介護サービスと働き方の調整で両立できる場合も多く、退職は選択肢を確認した上で慎重にご判断いただくのが賢明です。
文・編集/世帯白書 編集部 ・ 監修:準備中(公開時に有資格者を明記します)