
親の年金と資産、いくらあるか聞けないまま介護が始まる前に
この記事の要点
- 介護費用は親のお金で賄うのが原則とされる。だからこそ、介護が始まる前に年金と資産のおおまかな把握が必要になる。
- 聞くべきは残高ではなく「構造」。年金の手取り月額(フロー)と資産の所在(ストック)が分かれば、介護の設計は始められる。
- 切り出しの入口は四つ。自分の家計を先に開示する・書類を主語にする・他人の話を借りる・エンディングノートを一緒に書く。
- 聞いた内容はきょうだいと共有し、お金の管理の主導権は親に残す。この二つで、後々の地雷の大半は避けられる。
- 一般に、判断能力が下がると金融機関の取引が制限される場合がある。代理人指定・任意後見・家族信託などの備えの多くは、本人が元気なうちにしか使えないとされる。
聞くべきは「いくらあるの」ではなく「どこに何があるの」。この言い換えだけで、質問の角はずいぶん取れる。
「聞けない」のはあなたの家だけではない
帰省のたびに、今日こそ切り出そうと思って新幹線に乗る。そして結局、孫の話と天気の話だけをして帰ってくる。「お父さん、年金っていくらもらってるの」——この一文が、どうしても喉を通らない。
聞けない理由は、たいてい愛情の裏返しだ。親の死を待っているように聞こえないか。財産を当てにしていると思われないか。自分の家計は自分で立てるのが筋で、親の懐を覗くのは行儀が悪い——。日本の親子には「お金の話は下品」という暗黙の型が深く入っていて、仲の良い家ほどかえって聞けない、ということが普通に起きる。
だから最初に確認しておきたい。聞けないのは、あなたの家族関係が悪いからではない。聞くための「型」を誰も教わっていないからだ。型は後から入れられる。この記事はそのためにある。
なぜ介護の前に、親の懐事情の把握が要るのか
介護のお金には、広く共有されている原則がひとつある。「親の介護費用は、親のお金で賄う」——多くの専門家が一般論としてこう助言する。子が自分の家計から出し始めると、教育費や自分たちの老後資金と正面衝突し、共働きで積み上げてきた設計が崩れやすいためだ。
規模感の目安も知られている。民間の大規模調査では、住宅改修などの一時費用が平均70万円台、月々の費用が平均8万円台、介護期間は平均5年程度という結果が繰り返し出ており、掛け合わせるとおよそ500万〜600万円が一つの目安とされる。もちろん在宅か施設か、要介護度によって大きく振れる。
問題は、この目安額を「親の年金と資産で賄えるのか」が分からないと、在宅か施設か、どの施設かという判断を何ひとつ設計できないことだ。介護保険の自己負担割合(一般に1〜3割)や利用できる軽減制度は、本人の収入や資産で変わる仕組みとされる。つまり親の懐事情は、好奇心の対象ではなく介護の設計図の前提条件である。
※要介護度・所得・地域・サービス内容で大きく変わります。自己負担割合もご確認ください。
聞くべきは「残高」ではなく「構造」
ここで肩の力を抜いてほしい。通帳の残高を一円単位で聞き出す必要はない。介護の設計に要るのは、毎月入ってくる年金の手取り額(フロー)と、資産がどこに・どんな形であるか(ストックの所在)。この二つだけだ。
| 把握したいこと | なぜ必要か |
|---|---|
| 年金の手取り月額 | 毎月かけられる介護費の上限の目安になる |
| 預貯金・証券の所在とおおよその規模 | 施設という選択肢の有無と、持続できる年数が見える |
| 加入している保険(医療・介護・死亡) | 使える給付の抜け漏れを防ぐ |
| 自宅などの不動産 | 住み替え・売却・空き家対策の選択肢に直結する |
| 借入・連帯保証の有無 | 想定外のマイナスを早めに把握できる |
金額はざっくりでいい。「年金は月20万くらい」「定期がゆうちょに少し」で、設計の精度は十分に上がる。聞くべきは「いくらあるの」ではなく「どこに何があるの」。この言い換えだけで、質問の角はずいぶん取れる。
切り出し方——自分の話から始めて、書類を主語にする
それでも最初の一言は重い。使いやすい入口を四つ挙げる。
- 自分の話から始める。「NISAを見直した」「保険を整理した」と、自分の家計を先に開示する。情報は、開示した側にしか集まらない。
- 書類を主語にする。「ねんきん定期便って来てる?」「介護保険料の通知、どうしてる?」——人ではなく紙に質問させると、詮索の色が消える。
- 他人の話を借りる。「同僚が、親の口座がどこにあるか分からなくて大変だったらしい」。実話でもニュースでもいい。一般論として話せる足場になる。
- 道具を使う。市販のエンディングノートを「私も書くから、一緒に書かない?」と渡す。項目が並んでいるから、聞きにくさをノートのせいにできる。
そして大事なのは、一度で聞き切ろうとしないことだ。初回は「年金が月いくらか」が分かれば十分な成果と考える。親の懐事情の把握は、単発の面談ではなく、数年がかりの定点観測に近い。
「お金が欲しいんじゃなくて、何かあったときに困らない準備がしたいだけ」——目的を先に言葉にして渡すと、多くの親は身構えを解く。
きょうだいと、親のプライドという二つの地雷
切り出す前に、地雷を二つ知っておきたい。ひとつはきょうだいだ。自分だけが親の資産を把握している状態は、後々「囲い込み」の疑いを生みやすいとされる。聞いたことは要点だけでもきょうだいに共有し、「みんなで把握しておこう」という建て付けにしておく。それだけで、介護の分担の相談も、その先の相続の局面も、格段に穏やかになる。
もうひとつは親のプライドだ。お金の話は、親にとって「自分の管理能力を疑われる話」に聞こえやすい。だから、主導権は親に残したまま聞く。「教えてほしい、でも管理はお父さんが続けて」「メモの置き場所だけ決めておいて」。取り上げるのではなく、いざという時に引き継げる状態を作る——このフレーミングの差が、会話の成否をほぼ決める。

聞けないまま判断能力が落ちると、何が起きるか
先送りの最大のリスクは、介護費用そのものではない。親の判断能力が下がった後では、打てる手が急に減ることだ。一般に、金融機関は本人の意思確認ができなくなると口座の取引を制限する場合があり、家族であっても引き出しや解約が難しくなることがある(いわゆる「口座凍結」と呼ばれる状態)。親のお金はあるのに使えず、子の家計から立て替え続ける——聞けないまま時間切れになった家庭が、いちばん陥りやすい形だ。
本人が元気なうちであれば、金融機関の代理人指定、任意後見契約、家族信託など、備えの選択肢は複数あるとされる。ただし、どれが適するかは資産構成や家族関係によって異なるため、具体的な設計は司法書士・弁護士・FPなどの専門家や、取引のある金融機関に相談してほしい。ここで押さえるべきは一点だけ——これらの多くは、本人が元気なうちにしか使えないということだ。
まとめ
親のお金の話が聞けないのは、家族の仲の問題ではなく、型の問題だ。そして把握すべきは残高ではなく、年金というフローと資産の所在。この二つが分かれば、介護の設計図は描き始められる。
次の帰省で全部を聞く必要はない。「ねんきん定期便、来てる?」の一言が言えたら、それはもう前進だ。介護はどの家庭にも突然始まるが、準備の有無は、始まった後の消耗をまるで別物にする。恥ずかしさの賞味期限は短く、聞けなかった後悔の賞味期限は長い。
なお、本記事は一般的な情報の整理であり、個別の状況によって最適な選択は異なる。制度の利用や資産の扱いなど具体的な判断は、地域包括支援センターや、FP・司法書士・税理士などの専門家への相談を検討してほしい。
次の帰省までにやること
- 自分の家計の近況(NISA・保険の見直しなど)を、先に話せるネタとして一つ用意する
- 最初の一言を「ねんきん定期便、来てる?」に決めておく
- 把握したい5項目(年金月額・預貯金の所在・保険・不動産・負債)をスマホにメモしておく
- 聞いた内容をきょうだいと共有する場(グループチャットなど)を先に作っておく
- エンディングノートを一冊用意し、まず自分が書き始める
- 判断能力の低下に備える制度(代理人指定・任意後見・家族信託)の名前だけ頭に入れ、必要に応じて専門家への相談を検討する
よくある質問
親に「なんでそんなこと聞くの」と警戒されたら?
目的を先に言葉にするのが一般に有効とされます。「お金が欲しいのではなく、入院や介護のときに困らない準備がしたい」と伝え、その場で深追いせず時間を置くのも一つの方法です。自分の家計を先に開示すると、警戒は和らぎやすいとされます。
介護費用は結局いくら見ておけばいいですか?
民間の調査では、一時費用が平均70万円台、月々平均8万円台、期間平均5年程度という結果があり、総額500万〜600万円が一つの目安とされます。ただし在宅か施設か、要介護度によって大きく変わるため、あくまで概算の出発点と考え、詳細は地域包括支援センターやケアマネジャーなどへの相談を検討してください。
親の口座からお金を下ろして介護費に充てても問題ありませんか?
一般に、本人の同意と記録が重要とされます。判断能力があるうちは本人の意思で手続きするのが原則で、使途の記録を残しておくと、きょうだい間や相続時のトラブル予防につながります。判断能力が低下した後の取り扱いは法制度が関わるため、金融機関や司法書士・弁護士などへの確認をおすすめします。
聞けないまま親が倒れてしまったらどうすればいいですか?
まず地域包括支援センターに相談し、介護保険の手続きを進めながら、郵便物(年金振込通知や金融機関からの通知)を手がかりに資産の所在を把握していく方法が一般的です。本人の判断能力の状況によっては法定後見制度などが関わるため、専門家への相談を検討してください。
文・編集/世帯白書 編集部 ・ 監修:準備中(公開時に有資格者を明記します)